オートバイは心の翼

「心の翼」って言うとちょっと格好良すぎますが、
「こころを解放してくれる」って言い換えれば良いかも。


アプリリアRS250・ファイナルエディション
2ストロークエンジンのため2003年をもって生産が終了した最後のモデル
250CCでありながら、公称70PSというキワモノ
そのクセアイドリングでは、下手なスクーターよりも排気音が静かな面も持つ
(深夜・首都高のパーキングにて)

【不幸な出会い】

 そもそも私はバイクというかオートバイというのは、とても嫌いな乗り物でした。
 けたたましくて、乱暴で、頭悪そうだし……そういうイメージがありました。

 私が中学の時に、ちょっと頭の悪い先輩が免許を取ったばかりで、親に買ってもらった50CCのオートバイを恥ずかしいくらいカスタム(当時は「不法改造」でした)したものを後輩達に見せびらかしに来ました。これがものすごくかっこわるかったんです。低く垂れ下がったセパレートハンドル、やたらと後ろに下げてお尻が当たるところに安っぽいクッションを取り付けたシート、どう考えても変な位置まで下げたバックステップ……その「自慢のオートバイ」を前にして「これくらいハンドルは下げないとタンクを抱え込めない」「シートには尻をつけるからクッションが必要」「ステップはこの位置でないと早く走れない」とか説明をはじめるわけです。それを見た私は「うわー、オートバイってこんなに格好悪くしないと走れないものなのか!」というとても否定的なイメージを植え付けられました。しかも、その先輩自身も格好良くない……頭は悪いし、自己顕示欲は人一倍強い乱暴者……こんなヤツが乗るオートバイなんか嫌いだ!と……その後、私は高校への通学の必要性から50CCの免許を取り、それで通学することになったのですが、「寒い」「雨に濡れる」「転ぶと痛い」という事で「自分の行きたい場所に行ける」というメリットよりもマイナスなイメージを持ってしまいました。
 結局は「やっぱりオートバイよりも、車が欲しい」と思いました。
 私の中では「金がないヤツが車を買えずに乗り回すもの」というこれまた悪いイメージも出来てしまいました。

 でも、そんな私に転機が訪れました。
 横浜に転勤して住むことになり、休日は渋滞する道路で満足に車は乗れないということを思い知り、フラストレーションがたまりまくっていた時です。
 自動車雑誌に載っていた(オートバイ雑誌ではなく!)「イタルジェット・ドラッグスター」というスクーターを見つけてしまったんです。オートバイとかけ離れた綺麗なデザイン、どう見ても少年時代の「ブザマなオートバイ」とは間違っても重ならない格好良さ。なにせ「イタルジェット・ドラッグスター」は「ニューヨーク近代美術館」にも収蔵されたというデザインの申し子です。欲しくていてもたってもいられなくなった私は、早速50CC版のドラッグスターを手に入れて乗りはじめました。そうしたら、これがおもしろい、国内の馬力規正などとは関係ない事もあり、50CCのくせに平地なら80キロ出るし、安っぽい国内のスクーターとは存在感が違います。そこで初めて2輪に対する見方が変わりました。
「2輪って貧乏人が乗るだけの乗り物じゃない! これは深い!」
 その後、普通自動2輪の免許を取り、スクーターやらオートバイを乗り出してみると、いろいろと見方が変わったんです。
 私は2輪の「悪い部分しか見えなかった」という事に気がつき、オートバイは「スーパーセブンのように、風や匂いやいろいろなものを感じさせてくれるとても開放的な乗り物」「コーナーひとつをうまく曲がれたかどうかで残念がったり、喜んだり出来るとてもメンタルなスポーツ」「慢性的な渋滞から解放してくれる魔法の乗り物」などなど、一気に良い面が見えてきました。
(もちろん、世の中には嫌われるオートバイも依然として存在する事も確かです)

【オートバイの存在】
 自動車が「生活の道具」としての一面がとても大きくなってしまった現在では、オートバイの「趣味性」は貴重です。
 どんなに「2輪」に仕事の面が付け足されたとしても、やはり第一の目的として「走りを楽しむ」ということは変わりません。
 そして国内メーカーだけでなく海外メーカーのスクーター、アメリカン、ネイキッド、モタードなどの様々な形のものが手に入れられる状態になるとどうしたってワクワクしてきます。車は大都市で乗るには制約が多すぎます。でもオートバイは、渋滞などで受ける制約が小さく、運転してコーナーひとつ曲がるたびにうまく曲がれなかったらがっかりし、うまく曲がれれば喜べる楽しさがあります。身体の小さな動きにも敏感に反応するので精神的な要素も大きい。運転するだけでこんなに「スポーツ」出来るのはそうありません。経済的にも、自動車と比べて維持費などが安い。
 車では短い距離も、オートバイなら「ちょうど良い疲労感」も得られます。
 どこかの本か、テレビで言われていた「オートバイは心の翼」なんて格好良すぎて普通の人には言えないセリフも、その意味はとても納得出来ます。今の世の中自分の心を滅多に解放することなんか出来ません。人によってはウツウツと架空世界に埋没させてしまっていたりしますし。でも、オートバイは外界に向けて心を開かせる事が出来ます。これは今の世の中ではとても貴重です。冷暖房の管理された快適空間を飛び出して雨の匂いにおびえながら曇天の下を駆け抜けたり、暖かいそよ風に身を任せて走ったり、冷たい風の中高速道路を無心で走り抜けたり……缶コーヒー1本の暖かさがどんなに嬉しく感じるか。これってなかなか良い体験です。

 ただ…「排気量が大きいこと=偉い!」というような風潮があるのが残念です。「適度な馬力を繊細な運転で乗りこなす楽しさ」というのももっと多くの人に受け入れられても良いでしょう。もっとも、大型免許を取ったからには、一度はデカイ排気量に乗ってみたい、というのもとても理解しやすくて、まぁしょうがないかもね、と思ってもいるんですけど。

【アプリリアRS250】
 実は、もう手に入らないと思っていたこのバイク、ふと立ち寄ったバイク屋さんに展示されていて購入してしまいました。
 価格は400CCクラスと同じくらいなのですが……それも、54馬力とかの400CCモデルと比較したら70馬力もパワーがあるからしょうがない、と納得しました。アプリリアRS250は、2ストローク故の加速の良さと、12000回転まできっちり回せば220キロというとんでもない性能で、個人的には「もうこれ以上パワーはいらないオートバイ」です。しかも軽いのでコーナーも楽しい。長距離走行についても、前に乗っていた250CCのバイクが高速道路で120キロ巡航するときに、かなりの振動と音で走っていたのに対し、このRS250はその速度なら余裕で巡航し、ヘルメットをかぶった私には風切り音しか聞こえないのです。振動もなく、楽です。ただレーサーレプリカなので前傾姿勢がとてもつらいですが……燃費も6000回転108キロ前後で走行すると、リッター18キロぐらい走ってくれます。またあちこち丁寧に作ってあるので、所有欲も満たされます。

 アプリリアRS250は、2003年で生産が終了してしまったモデルなのですが……またこいつも長いこと居座るような気がします。

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